395 Chapter 394:
地図を頼りにまず一行がやってきたのは城から一番近い場所にあるボグディの店だった。几帳面な性格がうかがえる店構えだ。
「うわあ、すごい繁盛してるねえ。これじゃあ、話を聞いてもらうの難しいかなあ? 閉店後とかがいいかな?」
はるなが驚くのも当然で、数ある店の中でボグディの店は行列ができるほどに混雑していた。
「うーん、ちょっと話してくるわ」
ひとまず秋は自分たちが客でないことを話し、なんとか中に入ろうとするが、横入りするなと押し出されてしまった。
「きゃっ! ……もう! これじゃだめね。はるながいうように閉店後にでも来るしかないわね」
並んでいる小人族たちにちいさいながらも力強く弾かれてしまったことに女の子らしい悲鳴を上げて戻って来た秋の言葉を聞いて他のみんなが頷く。
しかし、みんなは笑いそうなのを必死に隠していた。
「可愛いですっ」
しかし、リズだけはきゃっきゃと嬉しそうにそれを隠さず笑顔で秋に近づいていた。
「……っ、ちょ、ちょっと何よ! い、行くわよ!」
そこで秋は大輝たちがニヤニヤ笑っているのに気づいたため、顔を赤らめつつズンズン前を歩いていった。
次に向かったのは、アリサが経営するアクセサリ屋。女性らしい可愛らしさと上品さを掛け合わせた店構えが目を引く。
「人多すぎ問題……ここも駄目すぎる」
こちらは女性が多くキャピキャピした声が冬子の耳には痛かったらしく、普段の無表情をぐっとゆがめて不機嫌な表情になっている。
「あー、これはちょっと僕もダメかなあ。もう一人の人のところに行こうよ。確か、武器の人はお店じゃなく工房だから、人の出入りも少ないんじゃないかなあ?」
苦笑交じりの大輝が告げた最後の一人――それが武器のアントガルのことだった。
詳細は王と大臣からもらったメモには記載されていないが、彼は蒼太と一番最初に知り合った人物であり、最も気難しい人物である。
大輝たちがなんとなく彼を一番最後にしたのは城でもらった彼のメモの記載が一番厄介そうな雰囲気を出していたのもあった。
「……うーん、お店持ってないってなんか嫌だなあ」
これははるなの言葉。不安そうな表情でぽつりとつぶやく。
「――なんで?」
基本的に人見知りしない正確なうえ、彼女がそう思う理由がわからない大輝は思わず首をかしげてしまう。
「だって、なんか拘りの強い職人って感じでしょ? 言っても門前払いとかされそうで……」
「で、でも王様の書状があれば違うのではないでしょうか?」
いつになく不安なはるなに対して、伝染したように不安な表情になったリズだったが、それでも大丈夫なのではないかと励ます。
「どっちの意見もわかるけど、あれだね、すごい頑固というかすごい職人気質だと書状を渡した途端ビリビリとやぶるとかもありそうだ」
改めて考え込んだ大輝はリズの意見に賛同したい気持ちもあったが、現実を考えるとはるなよりの考えになっていた。
「それならそれで力を見せつけてやればいいわ。……大体ねえ、そんな頑固な人ってのは素直じゃないだけで強さとかそういうのを見せてやれば武器を作らせて下さいってなるわよ!」
暴論ではあったが、強気な秋の言葉はみんなに前向きな気持ちを与えていた。
そして、ついに最後の一人となったアントガルの工房の前に一行はやってくる。このあたりは商業区ではなく、職人が集まる工房区のため、作業の音が聞こえてくる以外は静かだった。しかもそのなかで更に奥まったところにアントガルの工房はあった。
「ここが、その工房かな?」
勇者の子孫と聞いていた割に小さな工房を目の前に、大輝はついていた看板を見上げる。
「なんか……静かだね」
他の工房から聞こえてくる槌を振るう音が、件の工房からは聞こえてこなかったのだ。
「留守、ですかね?」
あまりに気配が感じられないため、こそっとリズが呟いた。
「こうしてても仕方ないし、とりあえず声かけてみましょう」
ぽっかりと入り口が開いているため、ためらうことなく秋は中に入っていく。皆慌てたようにそのあとを追う。
「――すいませーん、誰かいますかー?」
通りの良い秋の声が工房内に響くも、しかし、返事はない。
「すいません! 城で紹介された者ですが、アントガルさんいますか?」
今度は大きめの声で大輝が声をかける。だが反応がなく、一行はどうしようかと顔を見合わせる。
「すいませーん!」
もう一度やってみようとはるなが声をかけたその時、奥から反応があった。
「――うるせえ! 一体どこのどいつだ!」
苛立ったようにドスドスと音をたてて現れたのは、この工房の主人であるアントガルだった。寝起きだと言わんばかりのぼさっとした見た目だ。
「てめえらか! どこの誰だか知らねえが人が静かに寝てるっていうのに、騒ぐんじゃねー!!」
びりびりと周囲に響くほどの怒鳴り声を上げるアントガルの額には青筋が浮かんでいた。
彼の大声にびくりと怯えて大輝の後ろに隠れたはるなとリズ。秋と大輝が先頭に立ってアントガルと向き合う。
静かに一番後ろに立っていた冬子は大声を防ぐように耳を押さえている。
「……ああん? お前ら何者だ? どっかの騎士ってわけじゃなさそうだし、ただの冒険者……ってのとも違うみたいだな」
彼らを見たアントガルは先ほどまで寝ていた頭が徐々に冴えてきていた。腕組みをしながらじいっと大輝たちを見ている。
「おう、お前たち一体何者だ。確かさっき城がどうとか言っていたな。話してみろ」
ひとしきり見てなにか納得がいったのか、アントガルは近くの椅子を引き寄せてドカッと腰かけると大輝たちに質問をしてくる。
登場からここまでで、怒り、状況分析、好奇心、質問とコロコロ変わるアントガルに大輝たちは何も言えずに呆然としていた。
「おいおいおい、何をぼーっとしてるんだ? まあ、いきなり言われても驚くか。とりあえず中に入れ」
ここまでくるとアントガルは落ち着いたようで、大輝たちを中へ迎え入れることにした。
工房の奥にある生活スペースに招かれた勇者一行。彼らの目の前にはいい匂いのする紅茶が人数分並べられていた。
「……ねえ、これって紅茶だよね?」
「う、うん……」
ちょんちょんと裾を引くはるなの質問に動揺交じりに大輝が答える。豪快な見た目のアントガルが、これほどに繊細な紅茶をいれてくれたことに二人は戸惑っていた。
「いい茶葉を使っている。香りもすごくいい……カップを温める気遣いも素敵」
「です! お城でもこんなに美味しい紅茶は飲んだことがありません!」
冬子は冷静に判断し、リズはそのクオリティの高さに喜んでいた。
「そうかそうか、紅茶の味のわかるやつはいいやつだ! ここいらのやつらはみんな酒、酒、酒って、紅茶の美味さをわかりやがらないんだから、全く嫌になる!」
自身の入れた紅茶を一口飲んだアントガルは紅茶を楽しんでいる面々を見て上機嫌になっているようだった。先ほど怒鳴ったのが嘘のようにニコニコ笑顔を見せている。
「――それで、一体なんの用事で来たんだ?」
「あの、とりあえずこれを……」
やっと本題に入れることに安堵した大輝は、城でもらった書状を取り出してアントガルに渡した。